性別違和はどのように診断されるの?
このセクションでは、アメリカ精神医学会(APA)の『精神疾患の診断・統計マニュアル 第5版』(DSM-5)における診断基準を中心に見ていきます。なぜこの基準を取り上げるかというと、要するに、ほかに基準らしい基準が存在しないからです。イギリスの国民保健サービス(NHS)も、基本的には APA の DSM をなぞっています。ほかの国にもそれぞれ独自の基準はありますが、どれも DSM とよく似ているか、もっと時代遅れなものばかりなのです。
訳注:この章は主にアメリカの DSM-5 にもとづいています。日本では、診断や法的な性別の取り扱いの枠組みが異なります。長く「性同一性障害」という診断名が使われ、戸籍上の性別変更については「性同一性障害特例法」が定められてきました。国際的には ICD-11 で「性別不合(gender incongruence)」へと位置づけが見直されています。実際の診断基準や手続きは時期や医療機関によっても変わるため、最新の情報は日本の専門医や信頼できる窓口で確認してください。
WPATH のケア基準(SOC)は、性別違和がどのように現れるかを説明してはいますが、明確な診断基準を定めてはおらず、診断そのものは個々のメンタルヘルスの専門家の判断に委ねられています。一般的に ケア基準(SOC) が推奨しているのは、心身が健全な状態にある人が「自分には性別違和がある」と言うのであれば、その言葉を信じるべきだ、という姿勢です。ここで鍵になるのが「心身が健全な状態」という部分で、患者にそう思い込ませている可能性のある他の要因がないかを慎重に見きわめる責任は、メンタルヘルスの専門家に委ねられています。
もっとはっきり言ってしまえば、WPATH は「自分はトランスだと思うなら、あなたはトランスだ」と言っているのです。これは、コミュニティの大多数が受け入れてきた姿勢でもあります。自分のジェンダーが出生時に割り当てられた性別と一致しないと感じているなら、あなたはトランスジェンダーなのです。とはいえ、保険会社は自己診断をあまり快く思いません。そこで、DSM-5 で定義されている、性別違和の診断基準を以下に挙げておきます。
ご参考までに
思春期前の子どもに性別違和の診断を下すには、以下の基準のうち6つ(うち1つは必ず基準1であること)を満たす状態が6か月以上続いていたという記録と、社会生活・学校生活・その他の重要な機能における苦痛や支障が認められることが必要です。
- もう一方のジェンダーになりたいという強い欲求、あるいは自分はもう一方のジェンダー(または指定性別とは異なる別のジェンダー)であるという強い主張。
- もう一方のジェンダーに典型的とされる服装を好んで身につけること。
- ごっこ遊びや空想遊びの中で、反対のジェンダーの役割を強く好むこと。
- もう一方のジェンダーが使う、あるいは行うものとしてステレオタイプ的にみなされている玩具・遊び・活動を強く好むこと。
- もう一方のジェンダーの遊び相手を強く好むこと。
- 自分の指定性別に典型的とされる玩具・遊び・活動を強く拒むこと。
- 自分の性的な身体構造を強く嫌うこと。
- 自分が実感しているジェンダーと一致する身体的性徴を強く望むこと。
注 これは子ども向けの基準です。青年および成人には別の基準が用いられます。どちらの基準もこちらで確認できます。なお、公式の基準は性別二元論を前提とした書き方になっているため、ここでは表現を少しだけ変えてあります。
成人が、資格を持つメンタルヘルスの専門家から性別違和の診断を受けるには、次の6つの基準のうち2つを満たし、かつその状態を6か月以上経験している必要があります。
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自分が実感している/表現しているジェンダーと、第一次性徴および/または第二次性徴との間に、はっきりとした不一致があること
その人が世界をどう見て、世界とどう関わっているかが、出生時に割り当てられた性別の人に一般的に期待される在り方と一致しない、ということです。この説明に当てはまる特徴は実にさまざまです。他者とのやり取りの仕方、話し方、好む趣味、服装、しぐさや立ち居振る舞い、どのジェンダーにより親しみを感じるか——そういったあらゆるものに表れます。
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自分の第一次性徴および/または第二次性徴を取り除きたいという強い欲求
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別のジェンダーの第一次性徴および/または第二次性徴を得たいという強い欲求
この2つは、いわばセットになっています。これは先に定義した身体的違和にあたります。出生時の性によって生じた身体の特徴に、不快感を覚えるということです。
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別のジェンダーになりたいという強い欲求
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別のジェンダーとして扱われたいという強い欲求
これは対人的違和と社会的違和にあたります。自分が世界とどう関わりたいか、そして世界に自分とどう関わってほしいか、という願いです。
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自分は別のジェンダーに典型的な感情や反応を持っている、という強い確信
これは、ほぼ説明の必要がないでしょう。
先ほども述べたとおり、正式な診断には、これらの条件のうち2つを満たせば十分です。お気づきかもしれませんが、このうち身体に関わるものは2つだけです。トランスの人が、自分の身体のどの部分も嫌っていなくても、どこも変えたいと思っていなくても、性別違和を経験しているということは、まったくもって妥当なことなのです。身体的違和は、トランスであることにつながる数多くの要素の、ほんの一部にすぎません。
さて、ここが肝心なところです。あなたがトランスジェンダーであると自認しているなら——つまり、自分のジェンダーが出生時に割り当てられた二元的な性別と一致しないと感じているなら——あなたはすでにこのうち2つの基準を満たしているのです! あなたには、自分は別のジェンダーであると自認するほど強い「別のジェンダーになりたいという欲求」があり、しかも自分のジェンダーがどう感じられるかについての強い確信があって、それは出生時に与えられたものとは違うのですから。
ですから、トランスだと自認していながら性別違和を経験していない、などということは、文字どおりありえないのです。WPATH の要件では、誰もが自分をトランスだと自認できます。だとすれば、「トランスジェンダーであるために性別違和を持っている必要はない」という言葉は、論理的な矛盾だということになります。
では、なぜ私たちは今もそう言い続けているのでしょうか。それは、ほとんどの人が性別違和とは実際どういうものなのかを知らず、性別違和の現れ方の微妙さや奥行きを説明するよりも、決まり文句を繰り返すほうが簡単だからです。でも、ほら、これであなたの手元には、それを人に理解してもらうためにリンクを共有できる、すてきな記事ができたというわけです。